予約とキャンセル ――私が新人賞に応募したころ

  TYO-REK
試験予約の目的都市はそれぞれにたがひて遙かなりレイキャビク

「空の壁紙」(第54回角川短歌賞受賞)

詞書の「TYO」や「REK」はスリーレターコード(3 Letter Code)と呼ばれるものであり、世界の都市や空港を示す略号である。それぞれ、「東京」とアイスランドの首都「レイキャビク」を示す。掲出歌を含む連作をまとめていた頃は、旅行会社に出向しており、航空券のオンライン予約サービスに関わっていた。

開発したものを世の中に公開する前には綿密なテストが必要である。検証項目を設計したのちは、担当を決め、流れに沿って航空券のテスト予約を繰り返すだけだが、どこ行きの航空券を予約するかは自由であり、そこにそれぞれの好みが反映された。私の場合、行き先はいつもアイスランドであった。

「TYO」「REK」とキーを弾き、空の上で数年を過ごせるほどの航空券を予約しながら、最後にはそれら全てをキャンセルしなければならない。今読み返すと、連作には次のような歌もあり、どこか遠くへ行きたいという気持ちが下敷きになっていたように感じる。

あかねさすGoogle Earthに一切の夜なき世界を巡りて飽かず

ムービングウォークの終りに溜まりたるはるのはなびら踏み越えてゆく

七年ほど前になるだろうか。長く過ごした大学生活に終わりが見えたはじめた頃に、これからは毎年、世界のどこかに行こうと決めた。以来、そのルールを頑なに守っている。賞に応募した前年は中東のヨルダンを訪れたのだが、確かその帰りに「砂漠の次は氷河と火山だろう」といった程度の思いつきで、アイスランドを次の目的地に選んだ記憶がある。昔の自分が決めたことを、今の自分が疑いもなく遂行するようなことが、私には多いように思う。

受賞の連絡を受けたのは地下鉄の構内だった。ちょうど出向が解かれ、本社での勤務に戻った頃だったので、ひとつの区切りとして、長めの休暇を取ろうと思った。

先日まで出向していた旅行会社に客として電話をかけ、「アイスランドに行きたいんです」と伝えた。電話の向こうで担当者が弾くキーの音を聞きながら、この予約はキャンセルしなくていいんだ、と思った。

 

初出:「歌壇」 2012年2月号 特集 私が新人賞に応募したころ